スタッフルームから

「合格」の魔力


 「合格」という言葉は縁起のいいものです。そして,塾の指導方針やカリキュラムなんかより,数字として現れる合格実績の方が「わかりやすい」のも確かです。

 では合格者数を塾選びのポイントにする受験生や親御さんはどう考えているのでしょうか。

 まず第一に,優秀な子が周囲にいっぱいいれば何らかのよい刺激(できる子を見習ってたくさん勉強するとか……)を受けられるだろう,と考えます。

 そして第二に,いい学校に受かる子が多ければ,それだけ塾に合格のノウハウも蓄積されているだろうと考えます。

 しかし残念なことに,この2つの「もくろみ」は,多くの場合見事に裏切られます。

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 第一に,常識的に考えれば至極当然なのですが,普通,クラス分けによって,できる生徒とそうでない生徒は慎重に,かつ厳格に切り離されます。そして,東大など一流校に受かると言っても,上位クラスの人ばかりです。最後まで優秀生の集まるクラスに入れなかった生徒は,ほとんど希望のないまま入試に突入してしまいます。この意味で,上位クラスと下位クラスは,全く別の塾である(多くの場合担当講師も別)と考えた方がよいかもしれません。

 そこで,中高一貫校や公立の進学校に通う人なら,できる子から刺激を受けるためには,塾よりもむしろ,能力別クラス編成のない高校の方がよほど条件がよい,ということになってしまいます。

 第二に,既に合格が見えているような「できる子」に対する指導ノウハウは,これからがんばろうという人に対するノウハウとは全く異なります。ご家庭でご子息の勉強を見てあげた経験のある親御さんや,家庭教師の経験のある人なら,学力を引き上げるのがいかに難しいか,ということを痛感しているはずです。

 多くの受験生にとって大事なのは,「はじめから合格しそうな子を囲って合格させる」ことではなく,「未だ合格ラインに達していない生徒を合格ラインにまで引き上げる」ことであるのは明白です。

 当学院でE判定からの合格例を重視するのはまさにそのためです。

 第三に,「合格に関する数字」については,算出根拠が明示されていないものは,ほとんど意味がないということです。どの学年に,どのくらいの期間在籍したかが重要です。では,在籍した期間や時期が記してあれば信用できるかというとそうでもありません。数字は所詮数字です。本当か嘘かはわかりません。

 このように考えてくると,過激な言い方になりますが,数字それ自体にはほとんど説得力がないということになります。

 では,何が信用できるのでしょうか。

 まず,算出根拠に加えて,実名の裏づけが必要です。全合格者の実名と高校名を塾・予備校内に掲示できる場合に限り,その数字が吟味の対象たり得るのです。なぜなら実名を公表すれば,たとえば同じ高校の後輩が先輩に直接話を聞くということもできるからです。

 次に,合格者数の横に不合格者数または母集団の規模が併記されているか,あるいは合格率が明示されていなければなりません。ただし,ここでも注意が必要です。母集団と合格者の抽出条件が異なっていることがあるからです。つまり,母集団は現時点の在籍者数なのに,合格数はかつて一度でも入塾した人を全てカウントしているおそれがあります。よくよく疑ってみるべきです。

 たとえば仮に,「10月現在高3生の在籍者100名,東大合格者70名」という表示があったとすると,これは合格率70%を意味しません。合格者の中には中1や中2のときにごく短期間だけ在籍していた人も算入している可能性があるからです。一方で,辞めた人も含めた「真の在籍者」は膨大な数に上る可能性があります。「回転数」が問題なのです。派手な広告を打っているところは,この「回転数」が莫大になりますので,「全受講生に対する合格率」は信じられないほど低い数字になります。

 いずれにしても,不合格の事実を隠蔽して単に合格者数だけを連呼するような広告は,本質的に偏ったものであり,その姿勢そのものに疑問を抱かずにはいられません。派手な広告で「回転数」を増やした結果膨れ上がった「数」は,指導力ではなく広報力を反映しているに過ぎず,その背後には死屍累々たる不合格者の怨念が渦巻いているからです。

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 ところで,「合格」という言葉のどこが危険なのでしょうか。それは,合格,合格と連呼されるうちに,不合格について詮索することを忘れてしまう点にあります。「合格実績って言うけど,じゃあ落ちた人はどれだけいるの? なんで落ちたの?」……こんな質問を塾のカウンターで発する勇気のある人はほとんどいないのです。

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 学習塾に対する信頼は,どこから生まれるのでしょうか。

 それは,「塾の提示した方法に従えばほぼ確実に成績が上がり,大学に合格できる」という事実に尽きます。指示に従わなくても合格できるなら塾に行く必要はないし,指示に従っても成績が上がらないのならそういう塾には行くべきではないからです。

 ところでこの条件は言い換えれば,「いい塾に行っても指示に従わなければ成績はあまり上がらず,せっかくの合格のチャンスを逃す危険がある」ということでもあるのです。

 周囲の受験生を見渡してみると,できる子はどこの塾に行ってもできるし,そうでない子はどこの塾に行っても,そのできる子を追い抜くことができない……かのように見えます。塾なんて所詮気休めさ……という声さえ聞こえてきます。

 トップレベル生との順位の逆転……本当にそんなことが起こせるのでしょうか?

 それがかなり頻繁に起こるのです。

 たとえば,当学院に途中から入会してきた人は,たとえ全国模試トップレベルの人であっても,はじめ,クラスで最下位になることが少なくないのです。それも,後に東大で的中した問題でテストした結果がそうなのです。

 もう一つ。

 当学院ではE判定でもかなり東大に合格するのは合格実績のページでご紹介しましたが,その一方で,出席率・予習復習状況・受講科目数などが最下位の人が,全国模試1位だったにもかかわらず不合格になった例もあるのです。

 絶対に受からないといわれた人が,絶対に落ちないと言われた人を押しのけて多数受かってしまう現実。

 ここにおいて,不合格という事実を直視する必要が生じます。つまり,「合格者を見習うノウハウ」だけでなく,「不合格者の轍を踏まないノウハウ」も重要になってくるのです。

 合格した人は果たして塾のいうとおりにやったのか,それともはじめから才能があっただけなのか?

 不合格になった人は果たして塾のいうとおりにやったのか,やったとしたらなぜ落ちたのか?

 塾選びの際には,ぜひこのように問いかけていただきたいのです。そして,場合によってはこの質問を塾の職員にぶつけてみるのもいいのではないかと思います。良心的な塾であれば必ず納得のいく回答を返してくれるでしょう。

 このような疑問に答えるために,当学院では毎週生徒の復習状況を確認し,その結果を教室に掲示し,公開しています。こうして,すこし冷酷なようでもありますが,

ちゃんと出席して指示通りにやった人は合格し,そうでない人は落ちる

ことを毎年はっきりと示しているのです。そして受講生は,「その方が勉強の甲斐がある」と納得しています。

 勝因だけでなく敗因についても明らかにする……これはあらゆる勝負事の基本ですよね。

 不合格は縁起が悪く,忌避すべきものなのかもしれません。けれども塾の信頼と学習の指針は,合格だけでなく不合格を直視するところから始まるのです。


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