スタッフルームから

有名私立一貫校の落とし穴


 まずはじめにことわっておくが,私は私立中学や私立高校を受験したことがない。当然通学したこともない。だからここに書く内容は,これまでいろいろな塾で有名私立高校生を全くの外部から観察した結果である。

1 印象

 最も強い印象を受けたのは,有名私立高校生の成績ではなく,何といっても

中学・高校の入試偏差値に比例して礼儀正しくなる

という点だ。いろいろな受験生を見てきて,何が違うって,躾が全然違う。やはり勉強させるには,自分に厳しくなるよう育てられている必要があるのかな,と思う。もちろん若干例外も見られるが。大学に入って間もないころ,私立トップ校の受験生を教えてみて,「おおっ,こんなまともな高校生集団があるとは!」と,公立出身の私は半ばカルチャーショックに見舞われたものだ。

 私立トップ校生は,たとえば書類の提出期限,授業開始時刻などをきわめてきちんと守る。ところが偏差値的に下がってくると,途端に崩れてくる。提出遅れは当たり前,遅刻,欠席常習もほとんどは「準」進学校である。

 なお,当学院に限って言えば,どの高校の生徒も大変マトモであることを付記しておく。また,人間,多少はだらしない部分もあっていいかなと思う。

2 弊害の極大点……変な法則

 いわゆる秀才の弊害と言われるもの,つまり「勉強以外何もできない」「常識がない」「恐ろしく不器用」「受験ノイローゼ」などといったものについては,ピークになる点が存在するように思える。つまり,経験的に見て,

弊害は上位25%付近に集中する

のである。たとえば一つの高校内では上位25%付近が最もヤバい。有名私立一貫校全体の集団では,やはりトップレベル校からやや下がった「準」進学校があぶない。中には,「勉強さえできればあとはどうでもいい」という発想を地でいくような校風をもった高校もある。ここは教師も激しく競争させるらしい。

 ちなみに会社勤めの友人に聞いたら,この25%則はおおむね社内でも成り立つといっていた。つまり,エリートが何かの弾みで飛ばされてくるような,中堅よりやや上位の部署があぶないんだそうだ。

 この「25%則」については,貴重なご意見をいただきました。それによりますと,25%という地位はその集団の中で「指導的な人」と「追随的な人(兵隊)」の境界付近にあたり,自分のアイデンティティを確立するのが難しく,それで周囲との摩擦も多く,脱落するのではないか,とのことでした。ご意見ありがとうございました。

3 大学進学実績のウラ

 さて,本題に入ろう。なぜ有名私立高校からはあんなに東大に受かるのか。それはまず第一に,

(1) 情報量が全然違う

ことによる。参考書や塾,予備校講師の噂は直ちに広がる。しかしその背景には,

(2) いいものを選べるメンタリティー

がある。「そんなの当たり前だ,いいものはいいに決まってるじゃないか」という意見もあるだろうが,多くの受験生は「よいものを支持・採用する」のではなく,「自分で選んだものを,その良否とはほとんど関係なく支持・採用する」のだ。つまり「最良のものを選ぶ」のでなく,「自ら選んだものが最良」なのである。明らかに市販品に劣る粗悪品を訪問販売で高く売ることが問題になったりするが,これもひとえに「自ら選んだものが最良」という確信犯的な消費者によって支えられている。

 今の世の中,「いいもの」が勝つとは限らない。むしろ粗悪品でも大々的に宣伝・広告するものが(少なくとも一定の期間は)生き残るのが常識である。そんな中でいいものを選ぼうというメンタリティーを保っているのは注目に値するし,こういう考え方が社会を進歩させるのだ。

 「最良のものを選ぶ」という考え方は,自分の考えを第一とする発想の対極にある。たまたま自分で選んだものが粗悪品であるとわかれば,自らの判断の甘さを認め,即座にいいものに乗り換える覚悟が必要となる。トップレベル校の生徒には,これができる人が他校に比べて多い。その人たちが進歩的な雰囲気を支えている。よいものを知ることと,それを実際に選ぶことの間には大きなギャップがあるのだ。

 ちなみに,有名私立の人はもともと頭がいい,ということも言われるが,これは合格実績に思ったほど寄与してはいないようだ。確かに中学受験で合格した段階では同級生の中で格段に優秀だが,これは多分に早熟ということであって,多くの人は高校ぐらいまでには公立の進学校の生徒に追い越されてしまうのだ。

4 有名私立一貫校の落とし穴

 情報面では,有名私立校生は最良の環境にいるわけである。ということは,もしそれで大学に落ちれば,救われないことになる。最良の情報を手にしながら不合格になるのは,正真正銘能力が欠如しているからだ,と判断されてしまうのだ(うーん,過酷)。しかも,私立トップレベル校生の,浪人での合格率の低さを考えれば,それもあながち嘘ではない。一方公立高校は現役合格率は確かに低い,というより壊滅的である。これは現役受験のときにほとんど受験についての情報が入らないからだ。浪人するとやっと「受験生」らしくなり,時間があるから情報も集められる。実際,一浪まで含めれば,東大・早慶に合わせて百人近く合格するような公立の進学校も多い。情報量の差を考えれば,「公立高校出身者なら六大学までOK,有名私立高校出身なら東大・早慶に限定」とする企業人事担当者もいることがうなづける。

 その意味で,有名私立校生はその恵まれた環境が逆にアダとなることもあるのだ。そこで,与えられた情報環境を貪欲にかつ最大限に利用することが求められる。そういえば昔,東大の森総長が「東大を出たことが逆にハンディになることもある」という趣旨の卒業式訓辞をしたことがある。

5 情報の氾濫に注意

 有名私立校生の手にする情報は膨大である。たとえば塾のパンフレットだけでも公立の生徒の何十倍,何百倍も送られてくる。それで,いちいち吟味するのがうっとうしいから,結局名の知れている大手予備校のマスプロ授業を選んでしまう。しかし,有名講師の授業を年間受けても,何と入試で一題も的中しないことも多い。そもそもマスプロ授業は,一貫したカリキュラムよりも,テーマを選ぶほうに重点が置かれがちなので,網羅性は期待できない。それを知った上で利用すべきだ。また,この業界の常として,巨大化した塾は平均すると当然講師の質は落ちる。半年分もまとめて授業料を取る塾は指導内容に自信がない。自分がどの講師の授業を受けることになるか入塾前に問い合わせても教えてくれない塾も,講師の指導力に自信がないし,多くはアルバイトでコマ割が不安定である。アルバイトがすべて悪いわけではないが,90%以上は素人で,塾の仕事より遊びのほうを優先させる。わけのわからない都合で休む。だからぎりぎりまで担当者が決まらない。こういうことは授業を受けてみればすぐにわかることである。多くの塾は優秀でまじめな講師を探すことに最大の困難を感じている。このご時世,経営だって大変だから,正社員の専任講師(年間契約とかでない)であればまあ優秀と判断できる。人材なんてそう転がっているものではないのだ。

 情報が多いだけに,いくつかの視点や判断基準を自分なりに用意しておく必要があるだろう。


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